日記

日々を愛しています

しき

内定先にアルバイトしに行ったり

卒研の実験をするために定期的に大学に行ったり

元のとはまだまだ言えないけど、普通の生活が戻り始めて1ヶ月が経とうとしてる

新しい生活様式なんていうけど、バイトの時にマスクして消毒、検温することくらいしか特に変わったことはない

 

病院へ行った

何ともなくて安心の気持ちはもちろんある

でもこのモヤモヤした気持ちが晴れないのは、この日常的な不調が全部私のだらしなさなんだと認めなければならないからだ

表参道の病院は相変わらず遠い

まだ自分がどんな病気の疑いがあるのかも知らなかった5年前くらいに、母親に連れられてやってきたこの病院だって、自分で調べたらもっと近くの病院で済むのかもしれない

自分のことなのにそんなことすらもできない

こんな私でも来年から社会人になる

 

こんな感じの「それなら別にいいや」精神がずっとある

家に食べ物がないけど出かけるのも面倒くさいから寝ちゃえばいいや

自分はそれが嫌だけど、誰かに反論して気まずくなるのも面倒だしそれでいいや

 

波風立てないように、自分の感情を刺激しないように、平均をとってマイナスにならないために、プラスを避けてる

そんなふうに生きてたら表情筋なんてとっくに死んでしまってた

私がいくら渡會将士を聞こうが、どれだけ誰かの生き方に強く憧れようが、結局全部願望の域を出なくて

ずーっと

私は中学生から成長していない

 

自己評価と周りからの評価が食い違ったときに、どちらが本当の自分なのか分からない

私は愉快な人間なのだろうか

できるだけは笑ってるんだけど

 

あれだけ「他人と同じベットでは寝れない、住めない」って言っていた姉が彼氏の家に毎週末泊まりに行ってる

いつまでたっても背中しか見えない。横を歩きたいけど、ちょっとずつちょっとずつその背中も遠くなっていく

ろくでもない人間なのに、一丁前に普通の幸せを望んでしまう。

マッチングアプリでも始めようかな。