日記

自分へ

ムーミンが気になる

あけましておめでとうございます

この日記も年数だけで言ったら5年目になりました

社会人になって相変わらず、自分に向けての日記を自意識過剰にネットの海に垂れ流し続けていきたい

続けることが苦手で、環境の変化のせいにして色んなものから逃げてきた

生理が始まった5年生で水泳をやめて、中学に上がるタイミングでそろばんをやめて、中学卒業したらバスケをやめて、高校卒業したら弓道をやめて

でもこれだけは何故か続けられそうな気がする

喋ることも書くことも、言葉に関する全般が苦手だけど、嫌いだけど

そういうことを考える度に高校の時の小論文模試で学年4位だったことを思い出す。

今思うと私を含めた4人くらいしかちゃんとやってなかったのかも知れない。ほかの400人弱は模試中、涎を垂らして夢を見ていたような気もしてくる。(不戦勝にも関わらず両手を上げて喜んでる過去の自分が簡単に想像できて冷や汗が出た。)

じゃないとこの支離滅裂な日記たちの説明ができない。

でもさすがにもう学生じゃなくなってしまうという焦りみたいなものはあって。22年間敵だった言葉を仲間にしなくちゃいけないなと思う。

 

私の頭の中は、質もクソも無視して速さだけで言ったらウーマンラッシュアワーの村本さんくらいの速さで言葉が飛び回ってる。

そういえば年末に大宮の吉本の寄席に行った時、ウーマンラッシュアワーがトリだった。パラダイスさんの家族に体調不良者がいたみたいで、村本さん1人で舞台にでてきたんだけど

そんなことも知らないで、出てきて何事もないように喋り始めるからいつ出てくるんだろうなーなんて最初は思ってたけど、喋りに圧倒されてしまってそんなことも忘れてて、

途中でそれまで気づかなかったみたいに「っ!相方がいないっ!」てボケるのが面白かった

1番記憶に残ってるのは「指定された座席にちゃんと座って、後ろの方は空いているのに、今逆に密になってる気分はどうですか!」で会場の前方だけでドッと盛り上がったところです。

どちらかというとコマンダンテとか、キュウとか、カベポスターみたいな漫才が好きだけど

村本さんのマシンガントークが心地いいのは私の頭の中と波長が会うからなんだろうななんて今気づきました。話がそれたなーなんて考えながら書いてたけどちゃんとここに収束した。

でも実際私の口から出る言葉はその100分の1くらいで、思ってることを言葉にする手続きがでうも苦手で

これを克服しようと、思ったことを全部声にだして独り言を言ってみることにしました。結論だけいうとダメでした。3秒で置いていかれる。単語をボソボソと呟いて終わる。

村本さんになりたいのに、これじゃあ傍から見たら宮下草薙の草薙じゃないか!(これが言いたかっただけ)

 

おあとがよろしいようで。

 

 

過去の日記を読んでいて、こんなことで悩んでたことあったな、馬鹿だな自分とたまに思えるので

これからの日記もそう思えるよう期待を込めて書いていくことにしよう

西友

2年ぶりくらいにあった高校の時の友達

駅まで車で迎えに行って、改札を出る姿が窓越しに見えたその瞬間から

まるで2年前の続きで

俗に言う世間話みたいな、恋愛の話も学校の話も就活の話も、ここ2年間のブランクを埋める手続きの一切をすっ飛ばして、

無駄にある時間を何とかやり過ごすための高校時代のあの感じというか、

3時間後にはもう何を話していたか覚えていないようなそんな話をしていた。覚えていないから、そんな話をしていたような気がする、が妥当かな。

ただ人生ゲームをやったらボロボロに負けた。

私が「何をどこで勉強していようが」「どんな仕事についていようが」

それは彼女が私を評価する基準にはならなくて、フラットに、良くも悪くも偏見なしに私を見てくれているみたいで気が楽だった。

今年は全然会えなかったけど、いつまでたっても弓道部の存在は私の精神安定剤だ。

 

駅のトイレ

子供と一緒の個室に入ったであろうお母さんが「全部脱がない!!なんで!?おちんぽこだけだすの!!」って大声で叫んでて(嘆きかもしれない)面白かった

クリスマスで1日中一緒にお出かけしてて、疲れて気がたっていたのかもしれない

でもそのすごい剣幕と、「おちんぽこ」というワードのギャップが凄くてついにやっとしてしまいましたね

マスクしていてよかった。

日記か、日記じゃないか

最近の話を

 

物心着いた頃から「ゆず湯のゆずを潰す係」を毎年やらせていただいていたのに、何故か今年急に怒られたというか呆れられたというか

想定外のことでちょっとしょんぼりしたけど、急にその行為が恥ずかしくなってきて

来年からはもうしない、と心に決めた

でもゆず潰すと香りが増してもっとぽっかぽかになれるんだけどなあ

 

研究室のほかの班の実験に協力したんだけど、「真っ白い壁を見つめながら」「ロデオボーイ(死語?)くらい揺れる椅子に座って」「ヘッドホンから流れてくる大音量のプロムナードを聞いている」とまるで世界の終わり1分前みたいな錯覚を起こして、なんか神々しいスッキリした気持ちになってしまうな。機会があったら全人類に経験して欲しいなぜひ。

 

敬愛する我らが尾崎世界観が、芥川賞にノミネートされたらしい。あまりにも突然の出来事で、感情がついて行かないけど、本人も周りもとても嬉しそうで私は嬉しい。行け!クリープハイプ

 

M-1お祭りみたいだったね。3年前、マヂカルラブリーで失笑してた私は、決勝戦1本目で涙出るくらい笑うことになるのでした。誰かが本気で何かを成し遂げようとしてる姿は本当に美しくて、何よりも尊い。何千何万の人が批判しようが、それだけは事実であるべきだし、私は何よりもそれを望んでいる。そうであってくれないと困るのは私自身なだけなんだけど。話がそれてしまった。

漫才か漫才じゃないかなんて、お笑い芸人の決めることだ。私にはわからない。

でもこれだけは仕方なく思ってしまうんだけど、「誰も傷つけない笑い」をわざわざ取り上げ批判して誰かを傷つける笑いにモヤモヤしてしまう。怒ってる自分を笑って欲しいなんてずるいし、怒りという感情を持ち込まない笑いが難しいなら、尚更それをめざしてがんばってほしい。

あっこれさっき書いた「お笑いのことは、お笑い芸人が決めるべきだ」理論の真反対になっちゃってますかね。最悪だ。考えることって本当に難しい。

ただお笑い芸人って本当に不思議な職業ですよね。すごいよ本当に。あんまり笑えなかった年の最後に、こんなに笑わせてくれてどうもありがとう。

これからもよろしくお願いします。

 

1時間半かけて中野に行って、1時間だけはんだ付けの作業して、お昼ご飯に山盛りの青椒肉絲のランチセットご馳走になって

その後すぐ1時間かけて横浜に行って、マックのコーヒー飲んで、作業してる上司の横で1時間くらい相槌うちながらぼーっとして、ランドマークでイルミネーション見ながらおしゃカフェでケーキと紅茶をご馳走になって、これで時給貰っちゃうの?これ合法?怖くなってきた。怒られない?

 

桜木町駅に来る度に私は山崎まさよしを聴きながら、どこかに存在しない君の姿を探している

こんなところに来るはずもないし、明け方の街でもないけど

 

上野駅のホームアナウンスの「ケーキやプレゼントの忘れ物にお気をつけください」の声がとっても優しく聞こえて、周りを見ると確かにみんなおっきな箱を持っていて。駅ナカのケーキ屋さんに列ができていて。なんか少し幸せな気持ちを分けてもらいました。メリークリスマス。アーメン。

 

今年も今年が終わっていきますね。

2021年はどうなるんでしょう。このままだと来年も事態は平行線のままでしょうか。

コロナのワクチンの治験、9万円だってね。

 

上野東京ラインのボックス席から愛を込めて。(加筆してるので日比谷線からも愛込めておきます。)

良いお年を。

シーソー

あるはずだったものがなくなって、ないはずだったものが存在するこの世界線は、

世界線っていってもこうなることは私が生まれるずっとずっと前から決まっていたのかもしれないし、

ある意味忘れられない年になるねなんて言われてるけど、案外トータルで見てそんな不幸な一年じゃなかったよ

 

自粛しろって言われちゃってるから安心してた友達も恋人もいない奴らは、GOTOトラベルGOTOイートに突然メンタルやられてるし笑えるね。笑ってね。

 

化粧もせずぶかぶかの服をきて出かけるのも、今日に何も期待していないからで、そんなやつが幸せになれるわけないのに

秋の、葉っぱが落ちている匂いとか、雲ひとつない秋晴れの空とか、ひとりぼっちの教室とか、なんとなくやるせない気持ちになっちゃうよね

 

例えば、心に余裕があるときレジに来た親子が、「ほら、おねえさんにどうぞして」「やだ!」をやってもニコニコ待てるんだけど、どうしてもそうはいかない場合があって、

どうしてなんだろうなーなんて考えてすぐ忘れて

結局家族にも優しくは出来ないけど、従業員駐輪場の全然関係ない倒れたチャリを5台くらい起こしてたら、チャリの持ち主が来てお前が倒したの?みたいな目で見られて苦笑いしちゃうくらいの心の余裕は必要だってことです。

 

私は倒してないです。

 

思い通りにはならないことばかりだけど、他のどこかでバランスとってこうぜ。

牛乳

お風呂の順番を待っている間に寝てしまって、今さら寝れる気配がしない。

 

久しぶりにパソコンを開いて書いている

4年間パソコンで実験レポートを書いていた割にタイピングが遅い

「を」を打つのがなんか苦手で、「wお」となってしまいます。

何笑ってんだ。

 

あと初めてナイトブラを買いました。とても良い。フロントホックでわっくわくだし安定感もすごい。もう一個買っちゃおうかな。置き配指示しなかったらピンポンしてくれると思ってたけど、玄関の前にそっと置かれてびっくりした。ブラジャーを玄関先に置くなwww(自分が悪い)

 

最近四千頭身が好きだ。今までの私とお笑いの関係をいえば、テレビでエンタとか、IPPONグランプリとか、賞レースとかの特番をやっていればチャンネルをそれにする。くらいで、たとえば毎週やっているレギュラー番組をチェックしているくらいではない。

音楽でいえばjpopベスト100ばっかり聞いているような人間だ。だからちょっと世の中にいるお笑い好きの人の前で大声では話せないんだけど。

何を知っているわけではないけど、私と歳が一歳くらいしか変わらないらしい。てことは今聞いているこの一年前のラジオは、今の私と同じくらいの歳でやっているのか。すごいな。YouTubeにラジオがいっぱい載っているから、しばらくは退屈しなさそうだ。

かれらのYouTubeのコメント欄のことは無視するけど、高校生のノリみたいなのがしょうもなくて面白い。安心して見て、聞いていられる。後藤のゆるさが好きだ。あと一番しゃべらない石橋が実は一番器用な気がする。

youtu.be

あとYouTubeのおすすめででできたサツマカワRPGがツボに入ってしまいました。うるさいお笑いあんまり好きじゃないんだけど。お願いしますっ!!!!

youtu.be

お願いしますっっっっっっ!!!

そして気づいたけどこのひとパンティ対パンティの嫌なバトルの人か!

 

 

枕元の壁にかかってる時計の秒針がうるさくて、やっと外して今勉強机に置いている。今これ打ってるパソコンの目の前にある。これでもかってほどもう3時ですよを伝えてくる。やっぱりタイピングは時間がかかるね。

 

今日は四千頭身サツマカワRPGで一日終わってしまいましたね。よく笑いました。

明日もまた一日。

しき

内定先にアルバイトしに行ったり

卒研の実験をするために定期的に大学に行ったり

元のとはまだまだ言えないけど、普通の生活が戻り始めて1ヶ月が経とうとしてる

新しい生活様式なんていうけど、バイトの時にマスクして消毒、検温することくらいしか特に変わったことはない

 

病院へ行った

何ともなくて安心の気持ちはもちろんある

でもこのモヤモヤした気持ちが晴れないのは、この日常的な不調が全部私のだらしなさなんだと認めなければならないからだ

表参道の病院は相変わらず遠い

まだ自分がどんな病気の疑いがあるのかも知らなかった5年前くらいに、母親に連れられてやってきたこの病院だって、自分で調べたらもっと近くの病院で済むのかもしれない

自分のことなのにそんなことすらもできない

こんな私でも来年から社会人になる

 

こんな感じの「それなら別にいいや」精神がずっとある

家に食べ物がないけど出かけるのも面倒くさいから寝ちゃえばいいや

自分はそれが嫌だけど、誰かに反論して気まずくなるのも面倒だしそれでいいや

 

波風立てないように、自分の感情を刺激しないように、平均をとってマイナスにならないために、プラスを避けてる

そんなふうに生きてたら表情筋なんてとっくに死んでしまってた

私がいくら渡會将士を聞こうが、どれだけ誰かの生き方に強く憧れようが、結局全部願望の域を出なくて

ずーっと

私は中学生から成長していない

 

自己評価と周りからの評価が食い違ったときに、どちらが本当の自分なのか分からない

私は愉快な人間なのだろうか

できるだけは笑ってるんだけど

 

あれだけ「他人と同じベットでは寝れない、住めない」って言っていた姉が彼氏の家に毎週末泊まりに行ってる

いつまでたっても背中しか見えない。横を歩きたいけど、ちょっとずつちょっとずつその背中も遠くなっていく

ろくでもない人間なのに、一丁前に普通の幸せを望んでしまう。

マッチングアプリでも始めようかな。

曇り

本当は五喜一憂くらいでいたいけど、やっぱり一喜十憂で生きている。

それでもそんなのは嫌だから、出来るだけは笑ってんだけど。いつまでたっても私が幸せになれないのは私のせいだし。好きな物に囲まれて、好きなことしかしてないはずの自分が、どうしてこんなにも好きになれないんだろうか。

パンテーンのCMを見る度に、どっちにしろ自分にこれほどの信念はもてないから、私のこの髪型も服装も立ち振る舞いも、全部が全部、個性じゃなくてただのわがままなんじゃないかな、なんて気持ちになる。

でも、ただ軽率に結婚してみたいな、なんて考えが浮かんでくるのはなんででしょうか?人間の抗えない性でしょうか?

幸せになりたいな。でもそんなことを思ってるうちはなれないでしょうね。

レンアイの仕方なんてもう覚えていません。恋多き乙女だった中学時代の私はどこへ行ってしまったのですか。帰っておいでよ。

 

急に、「こうやって人と人が仲良くなって一緒にいるのって、宇宙から石を投げて特定のトイレの便器の中に入る確率と同じくらいなんだって」って話をしてた(曖昧だけど多分そんな感じ)中学時代ずっと一緒にいた子に、「じゃあ私と○○(違う中学校に進んだ知らない子)はそうなんだ!奇跡!」って言われたことを思い出して、なんだか笑えてきちゃったな。あの時のとても悲しい話も今はもう笑い飛ばせるみたいに、今のこの悲しい気持ちも笑い飛ばせるようになるんだよね。いつか。